筋老師の教え

螺旋族の老荘、筋老師の黙示録です。

「コロナ脳」

 

これはおそらく二つの意味にとらえる事が出来ると思う。

 

一つはコロナ禍なんだからマスク!アルコール!ソーシャルディスタンス!

と馬鹿の一つ覚えと揶揄する意味

 

あとはコロナななんか無い!陰謀論だ!

 

と、

ようは新型コロナウィルスによって世界の文化が変化した事による人々の変化を表しているように思う。

 

 

コロナ禍といえばマスクの着用である。

別に私は専門家ではないがマスクに関して言えば各所での意見を出来るだけフラットにみたつもりで個人的には9:1で人体に悪影響があると思っている。

 

最近は花粉だ花粉だと世間が騒いでいるのをみてこのマスクへの疑惑がさらに確信的に感じる。

 

私も数年前に花粉だかPM2.5だかはわからんが外に出ると皮膚、特に露出している首スジと顔面が猛烈に痒くなる時期があった。

 

一緒に仕事をしていた同僚にもその皮膚や症状から明らかな異常である事は一目瞭然だった。

さらには熱が出て皮膚科にいき処方箋をいただいて三日日ほど寝込むほどだった。

 

その異常なまでの疾患を経験してさらに外での仕事である私はどう対処したか?

 

もちろん一般的な紙切れのマスクなんかそのアレルギー反応にはほぼ効果無しである。

 

なので解体現場で使用される粉塵マスクに安全メガネ、さらに顔を覆うマスクをしてアレルギーを防いでいた。

 

季節は6月頃だったかな?

外仕事ともなると皆が薄着の時期に顔から皮膚が露出するのを嫌いアラブに人よりもさらに少ない露出で中が汗でドロドロになりながら外で作業していた。

 

つまり何が言いたかと言うと

このように経験則的にも花粉よりさらに小さいウイルスが市販されているマクスでの有用性にはかなり懐疑的なのだ。

 

 

さて、少し話を変えるが私は新型コロナウィルスのワクチンは"絶対"に打ちたくない

 

これもワクチン医療に対して決して専門家って訳ではないがそもそもワクチンの成り立ちが従来とはかなり違うようなのだ。

 

専門家でもないのでかなり端折らせてもらうが私のイメージするワクチンとは弱らせたまたは少量のウィルスを投与する事で自己免疫を作る

 

と、言うのがワクチンのイメージだったのだかこの○○社のワクチンはその自己免疫の部分をすっ飛ばした物

 

平たく言うとただの毒を入れるもに近い...

 

 

マスクをしてワクチンを打ってこれ安心!

 

まぁ気持ちはわかるのだがワクチンにしてもかなり懐疑的である。

 

ただ専門家でもないのにワクチンの作用機序で判断するというのも"絶対"にはほどというものだ。

 

その私が"絶対"に到達した部分が二つある。

 

それは1970年にワクチンなどから発生する副作用には製薬会社に責任が発生しない法律ができていたいう事実

 

SNS等でワクチンによる副作用の被害の文書やアカウントの抹消

 

この二つがあるだけで"絶対"に到達する理由になり得ると思う。

 

はたして歴史的に文書を改竄し焼き捨て言論を統制してきた国に正義など一つでもあっただろうか?

 

 

あ、これ海外の製薬会社の話ね

 

 

 

 

 

 

 

60%-60m 80%-15m

60%-60mとは

最大心拍数の60%の運動を60分

80%-15mとは

最大心拍数の80%の運動を15分

 

これが日々の健康に必要運動量の目安である。

 

正直細かい生化学的な作用機序は理解していないのだが

 

大雑把には運動によって生じる乳酸がコルチゾールを生産し、起床に必要なコルチコトロピンなどホルモンバランスが整えられる。

 

と、いった具合だ。

 

それによって快眠、快食、快便に繋がるという訳だ。

 

生化学的な作用機序がわからなくても適度な運動、ストレスは感覚的に健康に良いというイメージを誰もが持てるはずだ。

 

自律神経がーと所見する事があるが運動によるホルモン生産が理由なのかもしない

 

それについて一週間ほど何故か睡眠時間が非常に増えていた。

それは一週間ほどかなり肉体的ストレスの「少ない」仕事していたからだ。

 

職業別、睡眠時間の短さ「ベスト1」の職業は消防士で、「ワースト1」は無職だ。

 

「ベスト」と表現したのはそれだけ時間短くても活動可能にしているから、逆に無職は多量の睡眠時間をとる。

 

この事からも睡眠時間は必ずしも一様にベストな時間があるのではないし、本人の活動内容に起因している

 

そしてなにより肉体の回復などには直結していない事が考えられるはずだ。

 

著者も昨晩にサボりがちだったウェイトトレーニングをする事によって今、遅寝早起きによる「快眠」を実現してこの記事を書いている。

 

生活のQOLにお困りの方は是非ともタイトルの数字を参考にした「運動」を取り入れてみて欲しい

人の使い方2.0

コントロール欲求の強いヤツなのどロクな人間がいない

 

個人の経験と研究結果としても出ている。

 

仕事を割り振るにあたってひとまずモラルを考えないようにする。

 

今現在私が担当している工事を私一人と中国人研修生二人で行っている。

 

責任の発生する仕事の進捗や精度が必要な所、材料や手順の段取りは私自身が行い

実際の作業はほとんど研修生にやらせている。

 

今まさに「サボり」ながらスマートホンでこの文章を書いているのだ。

 

再び言うがモラルや作業の進捗を上げて利益を最大限つとめるべきという事はいったん横に置いておく

 

横におけば今は「三方一両徳」が出来上がっている。

 

 

まずは確実に私は最小限の労働力で最大の対価を得ているといっても良い

私がそう思うのだから間違いない

 

 

研修生はどうか?

なにか疑問などが出る時だけ私に問いかけてくる。

わからなければ私が代わりに作業をしようとする「イイ!イイ!ダイジョブ!」と言われ携帯でも引き続き触っていてくれとジェスチャで訴えられる。

 

おそらく前任の者やその他の作業指示者よりも私は彼らにより良い労働環境を提供出来ていると言うふうに理解している。

 

 

あとは会社はどうか?

 

打ち合わせによる作業の納期、正しく安全な工事をおこなっている。

なにも悪い事などない、計画された通りだ。

 

 

しかしここで携帯をイジってサボってる私を誰かが発見すると話が変わってくる。

ここでモラル等が発生する。

余裕があるなら作業の進捗を伸ばせだの

 

その結果どんなに頑張ったとしても1.2〜1.1倍ほどしかスピードはあがらない

 

しかし怪我のリスクや作業の正確性などはそれに身合わぬリスクとして増大する。

 

ただひたすらに業務を進めるだけとは最大効率とは程遠いものではないだろうか?

 

自分のエゴとも言えるモラル、コントロール欲求は最も下劣な欲求ではないだろうか?

人の使い方1.1

人は能動的から受動的に動く時に脳波が10/1に低下するとあった。

 

これを、我らがLoLに例えてみよう。

 

Botレーンが非常にわかりやすい例としてら挙げられると思う。

 

簡素に言う。

 

あるSUP専が私とBotに行く時はパフォーマンスが高いのだが、私以外の私よりレートの高いADCとレーンに行くとパフォーマンスが下がるのだ。

 

これは主観的な意見だが普段一緒にプレイするフレンドなら共感してもらえると思う。

 

パフォーマンスが下がる理由はレートが高い故の指示やダメ出しがあるからだ。

 

これは提示した指示や答えが論理的に正しいとしても指示としては正しいとは限らないという事だ。

 

人を使う。マネジメントする。

これらに求められる事は論理的な正しさだけでは無い

 

論理的な正しさではなく適正を見極める事が人を使う事と繋がるはずだ。

 

人の使い方1.0

人に仕事を任せる時はちゃんと任せっぱなしににしたほうが良いと思う。

 

この商売で親方が子方に現場を任せる(職長)として据えているのにもかかわらずその子方やり方等に異様に干渉したがる親方がいる。

 

これはお互いになにも得がないのではないか?と疑問がある。

 

任せた親方も任せているにも関わらずに自分の労力をその現場に割いてしまっている。

 

現場を子方に任せると言う事は事業や会社の生産性向上が目的であるはずなのにこれはとても会社として生産性が向上するわけがない

 

結局は親方本人が任せている現場以外に割くべき労力を任せた現場に削いでしまっているのだから

 

また子方としても任せられているはずなのに結構は1〜10までいわれてはたまったものではない

 

本来能動的に仕事に取り組めるはずなのに受動的な業務になってしまう。

 

単純比較は出来ないが、人間は能動的な行動に対して受動的な行動は脳波が10/1になる。

 

これを、鑑みると制限された人間の能力は10/1にまで低下してるともとれる。

 

よく上の者が下の者に叱咤している事を、見るがそもそも萎縮も含めたその人の人の使い方が悪いのでは?と思う場面が多々ある。

 

では何故本来効率的とも思える任せる一任する事が出来ないのか

大きく二つあるのではと考えられる。

 

それは他人に対するコントロール欲求と責任に対する臆病差からではないか

 

人を使う立場の者はその二つを今一度考えて欲しい

健康になりたい人がすくない②

健康になりたい人が少なく

自分の健康に責任をとって欲しい人が多い

 

自分の健康についてほとんど医者頼りになっている。

 

これが健康の責任を他人とって欲しいとも言えるいっかんだと思う。

 

とはいえお医者はリスペクトしている。

 

医療の資格に学校に入学卒業するのにとんでもない時間を費やして勉学に励んだのだから

 

とてもじゃないが自分には不可能である

 

しかしそれと他人の健康に責任をとれるかというのは話が別だ。

 

例えばだ。

 

プロテインを職場で飲んでいると以前に筋トレにハマってよくプロテインを飲んでいた人に話しかけられる事があった。

 

どうもプロテインによって尿酸値が高くなったらしく医者に止めらたそうなのだ。

 

私も他人の健康に責任をとれる訳ではないのでなんとなく聞き流してそこで話は終わった。

 

おそらくはプロテインたんぱく質とはエネルギー化する時アミノ基(NH2)が外れてアンモニア(NH3)が発生

 

その時に毒になるアンモニアを処理する為に尿酸値が高くなったのだ。

 

つまり治療法しては尿素回路を活性させる。

 

アルギニン等NO系も合わせてとる。

 

ビタミンB群、特にビタミンB1

 

後は水を多く飲む

 

この辺で十分改善される。

なんだったら年齢的にもしばらくなにもしなくても肝臓からのフィードバックで肝臓が働くようになり数値が元に戻る可能性も十分にある。

 

 

また職場にてもう60過ぎた人が職場で倒れ病院に運ばれた。

 

何事もなかったのだが彼は以後通院生活を送っている。

 

特に薬などは処方されていないが、血圧が高いので塩を控えて食事を減らせと指示されたとの事

 

いやいや、我々の仕事は外での仕事で汗をふんだんにかく

 

塩を決して控えるべきではない

 

肥満して訳でもない食事量は落とすべきではないだろう

 

塩と高血圧が相関する人は多くて20%程度でほとんどの人は1日に20〜30gの塩を体内から排出する能力を持っている。

 

減塩減塩とバカの一つ覚えの様にパッケージされているが塩はむしろ積極的にとったほうが良い

 

不必要な分は身体が勝手に排出してくれる。

 

ただ塩の種類に気をつけた方が良いとは思う(人工精製、天然精製、にがり添加)

 

 

つまり医療とはなばかりの「何かをやめろ、控えろ、余計な事はするな」というのが本音なのだ。

 

責任をとならいように

 

しかし医者が悪いと言いたい訳ではない

 

毎日くる不調を抱えた患者の全てに責任をとれというのも酷な話だ。

 

医者、医療に自分の健康の責任のすべてを取ってもらおうとするのを少し考え変えた方が良いって話だ。

 

 

 

 

 

 

 

健康になりたい人が少ない

筋トレにハマり、栄養、分子栄養学にハマってしまった私が感じる事です。

 

職場でもプロテインを普及していますし、SNSなんかを見ていても本当に健康になりたい人が少ないって思っています。

 

ただ自分の健康に責任をとって欲しいって人はたくさんいるなとは思います。

 

ようは自分で試したり勉強するって考えのひと事が少ないって事ですね

 

 

また10歳下の子に筋肥大にビタミンなどをすすめていますがかなり懐疑的なご様子

 

歳もそこそこに守りに入るような年頃ならわかりますがその年齢であまりに臆病すぎます。

 

これもまた誰かに責任をとって欲しい欲求が強いのでしょうね

 

試してだめならやめれば良いだけ

 

著書「七つの習慣」にある主体性を持つ

 

ある意味これがもっとも難関でこれをクリアすれば他は蛇足ともとれるという意見もあります。

 

しかしせめて自分の健康には主体性を持って自分で責任を取りたいものです。

 

自分の健康を責任他人論ではなく責任自分論にする。

 

自分の健康の全てを他人任せにしない

これが三石巌先生のいう健康自主管理なのではないのかと思います。